144 I won't
walk without you in silence.
フランダースのミク、的な。
「っ、おいおい!?
これはどういうことだよ!?」
夕食の買出しから戻ったN氏は、自室のドアを開けると、とんだサプライズを目の当たりにした。
最近できた新曲の練習中であったミクが、コンピュータの前で歌う事もせず、倒れていたからだ。
「おい、どうしたミク!? 何があった!?」
スーパーの袋からした卵が割れる音にも構わず、N氏はミクに駆け寄り、その体を抱き起こした。
「あ、パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。何だかとても眠いんだ……」
ミクは力が篭らない眼差しで、か細い声をだした。
「いやいやいや、俺パトラッシュじゃないし、元気いっぱいのマスターだっての!」
「マスター……まだBメロの歌詞覚えれてない……ごm……」
「ミク!?」
ミクの言葉が途切れるとともに、N氏の両腕に重さが加わった。
ミクからエネルギーが拡散していくのが、見えるような錯覚がN氏を包んだ。
そして二人を囲むサラウンドスピーカも、その音を止め、静寂を作り出した。
「……ミク、これからはリンやレンの分もがんばるっていったじゃないか……」
「……」
「……今日はミクの好きな白ネギ、ケースで買ってきたんだぜ。ネギだらけのすき焼、どうすんだよ?」
「……」
「……ボカロが歌わなくてどうすんだよ……っ!!」
「……」
コンピュータのディスプレイには、新曲の譜面が映し出されて、静かに演奏されるのを待っていた。
間接照明をオフにした部屋の、唯一の光源となり、二人を照らしていた。
N氏はしばらくして、重くなった瞼を開けた。頭を上げて、両腕に抱えたミクをそっと寝かせた。
とりあえず毛布をかけてやろうと立ち上がったN氏は、踏み出した左足に異物感を覚えた。
転びそうになるのをなんとか堪えて、左足の異物の正体を確かめた。
右手に捕らえたソレを見て、N氏は安堵の息を漏らした。
「──おいおい、コレなしじゃ、ダメだろ」
誰に言うわけでもなくもれ出た言葉に苦笑しながら、N氏はソレを優しく、ミクのナカへ──。
「あ、パトラ……いえ、マスター。おはようございます」
「正確にはこんばんわだ、ミク」
胡坐をかいたN氏の膝の上で目を覚ましたミクは、しっかりと生気の宿った両眼でN氏を捕らえた。
「そうです、新曲の練習でした。Bメロからいきます、見ててください!」
己の指名を思い出したように、ミクは立ち上がりコンピュータから伸びたマイクを手に取った。
「いや、先に夕飯としよう。今日はネギメインのすき焼だろ?」
そういってN氏は笑顔で手を伸ばした。ミクはその手を無言で握る。N氏の目元の赤みは、ひいていた。
「あ、そういやミク。またアレ抜けてて倒れたんだぞ。ちゃんと入れとかないと、な」
「えー、また落としちゃいましたか。すいません。気をつけます」
やけに緑と白で構成されたすき焼をつつきながら、N氏は考えていた。
なんでうちのボーカロイドは、単三電池で動いてるんだろう、と。
「? マスター、どうしました? ネギなくなっちゃいますよ?」
「こんだけあれば当分大丈夫だろうさ」
そう言ってネギを頬張るミクはとても嬉しそうだった。卵をといたその器には、肉は入ってなかった。
というわけでちょっとアレなミクでした!
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